心の部屋
法華曼荼羅図





 


                                     勤行日記
2008/3/19
本日より勤行日記はブログに移行いたしました。今後ともよろしくお願い致します。     合掌


2008/3/18
お知らせ
このようなつたない日記をお読みいただき誠にありがとうございます。以前より皆様からブログ形式で書いてはどうかとメールをいただいておりました。現在、ブログを二ヶ所で時事問題や思うことを書いています。お陰様で書く毎に閲覧してくださる方がいらっしゃり大変恐縮しています。今後、どのようにするか検討中ではございますが、ブログの方向で考えてゆきたいと思っております。その場合はトップページ及び同道場からリンクして行こうと思っております。

2008/3/13
天国と地獄
仏教には六道輪廻という言葉があります。地獄・餓鬼・畜生・阿修羅・人間・天の六つを言います。迷い苦しむ人々の世界でグルグル
巡る心の有り様とでも言うのでしょうか。心の感じ方によっては地獄の苦しみを味わい、ある時は天にも昇るほど嬉しい時も。人の心は瞬時にして地獄にもなったり天になったりとたえず変化しています。
でもよく考えてみてください。他人から見てその人が地獄から天までのどれに苦しんでいるかなんて分かりません。全て自分自身の中にある心が作り出しているに過ぎない。
そこに気づけば、六道という苦しみの世界からもっと上の世界に気持ちを上げていけるのではないでしょうか。他人と比較して不幸だとか羨ましいと思う心で自分自身苦しみを作り出していることを。

2008/3/12
運・不運
人にはバイオリズムという波があって、絶好調の時もあればどん底が続く時期があると言われるます。何をやってもついてる時は、少々無謀だと思っても思い通りに出来てしまう。反対に裏目裏目といつもなら簡単に出来ることさえ失敗してしまう。ついてない時は本当に死んでしまいたいと思う人もいるでしょう。たまにそんな何をやってもうまくいかなくて、私に祓ってほしいと来る人がいます。でもよくよく聞くと結局、自分で蒔いた種なんです。因があって果がある。悪い方向へ自分から行ってしまっていて、結果が悪いと人せいにして
ついていないと嘆く。霊は全く関与していないのでお祓いは気休めにしかならない。運は自分で運んでくるものです。運ばないから不運なんです。

2008/3/11
引き寄せの法則2
書店には「引き寄せの法則」と名のつく本が沢山出ています。面白がって何冊か買ってみました。「ザ・シークレット」の一連の流れのものは大体同じような事が書かれていますが(微妙に解釈が違っていて法則なのか?)、日本人の書いたものは作者によって都合よく書かれているみたいに感じます。つまり、それまで自分がやってきたスピリッチュアル的な物の見方を強引に「引き寄せ」に当てはめてしまっていると。まあどれも共通しているのはポジティヴ思考で願うということに尽きますね。
ただその考え方はとても重要です。前から私も言っているようにポジティヴでないと憑依されたり、良くないことが起こる。気持ちさえ明るく持っていればかなりの部分で邪な念や霊にも取り付かれないことは確かです。

2008/3/6
鑑定
子供のPTAの役員もやっと終わります。昨日総会があって来年度はご赦免。夜、教師と役員同士のご苦労さんの飲み会でのこと。私がこのようなことをしているのはごく一部の人しか知らないはずが、先生たちが次々と学校行事の時に撮影した写真を持ち込んで、これはオーヴかどうか、これは霊ではないかと鑑定を依頼されてしまいました。結論から言えば全て違っていました。ちょっとした光の具合とか空中に舞う塵が原因でした。でも何で知っている?
子供たちの通う小学校の教頭は私の同級生。しらふの時は口が固い彼なのですが、ついうっかり教師同士の飲み会で私のことを話してしまったのだそうです。とても飲んでいる状態ではないので、一次会でサッサと帰ってきました。TVの影響か、どうも安易にちょっと変な写りこみがあると心霊写真だと騒ぐきらいがあります。でも実際は滅多に本物にはお目にかかれません。

2008/3/4
電気体って?
先週「オーラの泉」でゲストの中村中が、夜歩いていると街灯が突然消えると言って、そのことを電気体だと美輪、江原両氏が言ったそうです。特にアーティスト系に多いとか。そういえばうちのかみさんが居ると、TVのチャンネルが勝手に変わったり電源が落ちたりとか電話のコードが自然に抜けていることがしばしば。一応音楽やっているからアーティスト(^^;だから?
霊的にはよく発生することで、そんなに不思議なことではありません。
そうそうこの前私が憑依された時は朝から灯油のポンプがカチッと音したとたんに動かなくなったり、電波時計は正確なはずが、数分狂ったりと変な一日でした。

2008/2/29
引き寄せの法則
巷では「引き寄せの法則」が流行っているそうです。一生懸命想念を送り続けると宇宙が感応して願望が叶うらしい。良いことも悪いことも全て宇宙に届けられ、自分に帰ってくる。仏教で言えば「善因善果、悪因悪果」とおいことになりますですしょうか。これが本当のことか嘘かで騒いでいる人たちも居るらしい。私からすれば願いが叶うと思えるのなら思っていたほうが気分的に良い状態であるのだから、それはそれで結構なことではないかなと思います。わざわざ否定するようなマイナス思考よりよっぽどよいと。
○○の法則と言えば、誰でも知っているニュートンの「万有引力の法則」。法則だから計算式もあるし宇宙間の軌道計算にも使われています。でも、じゃあなぜ物質と物質があると引き合うのかという単純な疑問は未だに分からない。第一、光より速いものはないと言っていきながら、引力は全宇宙に影響力を瞬時に及ぼしているということは、光で何億年もかかる場所にも影響があるということになると光より速い何かがあるということになります。
だから何から何まで科学的ではないと言いはらず、人には思いもよらぬ何かが存在していると思ったほうがよいのではないでしょうか。
霊や宗教に携わっている身としては「引き寄せの法則」は大変興味があります。ちょっと本でも買って試してみようかと思います。何か奇跡のようなことが起こったらご報告します。


2008/2/27
宗教と霊的真理
今日、知人から「僧侶ならば各宗派の規則や戒律があって、それ以外の事を話したり行ったりしたりして問題はないのか」と聞かれました。答えから言えば、全く問題はありません。まず私が属しているのは単立寺院。つまり既成の宗派には属していませんから規則や戒律に縛られることはありません。
「でも寺院と言うからには仏に帰依しているのでしょう。ならば仏教に沿った形でないと変ではないの?」確かそう言われればそうかもしれません。そこで知人に「霊って仏教、キリスト教その他宗教によって違いはあるの?たとえば新興宗教に入った人が亡くなった時とも違いは出てくる?第一、宗派というけれど、今の葬式仏教と揶揄されている生臭坊主が多く居る現状はどうなんだろうか」と問いかけました。結局知人は納得したかしないかは別としてそれ以上何も言えませんでした。
以前にもお話をしましたが、仕事上でお付き合いのある牧師さんで、やはり霊を見る方がいらっしゃいます。その方も一方でキリストに帰依しているもののやはり宗教組織という矛盾だらけの中に居て、そうとう悩まれていました。
宗教はあくまで人間が頭の中で考え出したものであって、霊的真理とは似て非なるものであることが分からなければなりません。ある特定の宗教だけが真理を語っていると思い込んでしまうと、どう見ても矛盾だらけカルト教団に騙されてしまいます。

2008/2/22
不覚にも憑依される
夕食をとっている時、突然激しい心臓を圧迫する感じがして全身が震えだし倒れてしまいました。意識はしっかりしていましたが、体がいうことを利かない状態。かみさんが慌てて救急車を呼び、救急救命センターに搬送されました。私もかみさんも憑依が原因であることは察していました。でも医者にはそう言えないので、状況だげ説明。検査結果は全くの正常で、2時間ほどで帰ってきました。完全な私の不覚でした。朝からネガティヴな事が連続して起こっていたのだからきっちりお勤めをしなくてはいけないと思っていながら本業が忙しく、つい気持ちが入っていなかった。今後の戒めとして気持ちを新たにしているところです。

2008/2/21
彷徨う魂
先日、久しぶりに東京へ行ってきました。かみさんの妹が新国立劇場の舞台に出演するということで家族総出で行ってきました。私もかみさんも学生時代を東京で過ごしたこともあり、二人で「懐かしいねえ」と都会を満喫してきました。ただ気になったのは人ごみに紛れ込んでいる霊の数の多さ。新宿でも渋谷でも未浄化霊が人と一体化して動いている様は何とも言えない怖さを感じました。それは霊が怖いというものではなく、人間が抱いている悩み・憎しみ・欲望の想念が同じ気持ちで浄化できていない霊を呼び寄せているということ。人が集まればそれも仕方のないことですが、田舎にずっといる私からすると異様な光景でした。昔はよく東京に出張があると一緒についてくることが度々ありましたが、御たぶんにもれず今回も私の肩や腕にびっしり。さあて浄化してもらいましょうか。

2008/2/9
マイナス思考は厳禁
霊感というより直感が鋭い方がよく私のところに来られます。今何を考えているのかとかきっとこうなると言うとその通りになる。この方の言う通りになったことが幾度もあり生きていく上では私より数段能力を持っていると思うことがしばしばあります。
ところが、その方憑依体質でありとあらゆる未浄化霊や邪気の強い霊をいつも連れてきてしまうんです。祈祷して全て祓ったはずが、暫くするとまた大変な数の霊を背負ってくる。
先日祓った後、こうも憑依するのはおかしいので、じっくり話しをお聞きすることにしました。すると出てくる言葉は全て悲観的なことばかり。家庭のこと仕事のこと。何から何まで愚痴ばかり。感が鋭いことと想念が強いことが災いして、強いマイナス思考が常に出ているために邪が入り込む余地を与えてしまっていることが分かりました。わざわざ憑依してくださいと言っているようなものです。
とにかく気持ちをプラス思考に変えていかないといつまでたっても状況が好転することはないとお話をしてその日は終わりました。
さて、どのように気持ちを切り替えるかが問題なんですが、これはいたって簡単。瞑想の時間を僅かでよいですから作って、自分の望む夢が叶った時のことを想像したり、楽しい気分になることを考えることだけです。それだけで憑依はぐっと減ります。なかなか心にかけている心配事があると難しいかもしれませんが、これが一番の方法です。

2008/1/31
同じ変人同士
もう数日が立春です。久しぶりで寒行もどきをしていますが、風邪をひいてしまい断念しました。
そんな中、調子が今一つで寝ていると玄関に人の気配。いつも人が来ると吠える愛犬アトムが静かにしている。変だなあと言ってみるとそこには二人の女性。一人は60歳くらい、もう一人40前後。若いほうがチラシを片手に「今度、運命鑑定、人生相談の事務所を開きました。今PCでの無料鑑定をしていますので、よかったら」と話してきました。「はいはい」と何気に年配のほうを見るとどうやら同じ部類の人。互いに相手の思っていることが分かってしまい、外から見ると意味不明な会話になってしまいました。私がいきなり「ちゃんと力があるのに余計な占いまではいらない」すると「人も雇ってしまった。近所にあなたのような人が・・・」
若いほうは全くその能力はないらしく、怪訝な顔をしていました。一応そのことはブログに載せましたので、そちらをご覧ください。自称霊能者がほとんどのこの世界。なかなか本物に出会う機会がなかったので、ラッキーでした。今度遊びに行くことで話は終わりました。
行った時にはここに報告します。


2008/1/28
金品を要求する霊能者は・・・
高額の金品を要求する霊能者はほぼ100%偽者と断言出来ます。なかには能力がある者も混じってはいるようですが、その場合も邪な気持ちが入り込んでいるためにそのカルマは必ず本人に帰ってきます。それが分からないようでは人を見る資格だどありません。何も見えていないのと同じことです。本業としている者でも自分の分に合った生活に徹していて、そんな現世利益を求めることがいかに意味のないことを知っているはずだからです。

2008/1/22
金品を要求する既成も新興宗教も人の弱みに付けこんだ行為
何かを買わないと地獄に落ちるとかいうのはもう問題外ですが、既成の宗教でも疑問を感じることが多々あります。たとえば戒名。支払う金額によって○○大姉とか○○院大居士になるとかこんな馬鹿げた話はありません。しかし、昔から日本では、平気でこうして宗教法人は儲けてきました。本来仏教徒であれば、生前に戒名が与えられて然るべきが亡くなってから付けられても全く意味がありません。


2007/12/19
家を建てると死んでしまう?
昔から家を建てた後に大黒柱のご主人が亡くなってしまうとういう話を耳にします。でもそんなことを言っていたら日本中家なんて怖くて建てられません。半分迷信と考えたほうがよいでしょう。ただ、虫の知らせというか自分が亡くなってしまうことを何となく察知して、家を建てて今世の役割を終えておこうとすることはあるようです。
私の知人


2007/10/26
カルト教団の特徴
12年前のオウムや統一教会、日蓮正宗派生教団・・・・・・
様々なカルト教団が存在していますが、全て共通しているのはマインドコントロールは当然のこととして、中心となるべき絶対的な教祖または会長がいるということです。松本、池田、大川・・・・・。いわゆる個人を絶対的崇拝させていることです。そして外の情報を遮断し、自分で考えることが出来なくなる。家庭を本人の人格までも破壊してしまいます。

2007/10/11
マインドコントロール
ある親御さんから「最近、娘が変な宗教に入ってしまったようで、毎日部屋でお経を読む声がする。家には先祖代々の仏壇があるのだが、自分用の仏壇を買ってほしいと言い出した。拒否すると何やら仏教の用語らしい言葉を混ぜながら私たちに物凄い勢いで怒っていた。どうしたらよいか分からない。助けてほしい」とご相談がありました。
仏壇という言葉で日蓮正宗系のカルトに入ってしまったのかと察しがつきました。創価か顕正会あたりか。親御さんと一緒に娘さんが居ない間に部屋に入ると案の定創価の本が何冊か置いてありました。
数日後、娘さんを交えてどうして創価なんかに入ってしまったと尋ねると、彼氏の一家が揃って創価に入っているとのことで、毎週集会へ行っているとのことでした。
そこで創価の実態を知らせたほうがよいとインターネットで創価による被害が載っているHPを片っ端から見せ、どんなところか説明をしました。
半信半疑だった娘さんでしたが、彼氏に「入信しなくてもいいかと聞いてごらん。入信しないなら分かれるとか逆に結婚するには入信しないと両親が納得しないとか言ったら君のことを本当は愛していないんだよ。何よりも宗教が一番にきては幸せにはなれないよ。」と諭しました。
それから一週間。親御さんから電話がありました。彼氏が私の言ったことをそのまま言っていたそうで、娘さんは分かれたとのことでした。
まだマインドコントロールがかかる前だったお陰で、何とか救うことが出来ました。多くの場合、子供が出来てしまってからでどうにもならないケースとかかなり前から親が知らない間に入信して、聞く耳を持たなくなってしまうと言った悲惨なことも。
皆さん。何度も繰り返しますが、霊的真理と宗教は全く別物です。超常現象や現世利益などは宗教では起こり得ません。それを何の疑いもせず信じることは洗脳と言います。くれぐれも気をつけてください。魔はいつも口をあけて狙っています。


2007/9/30
念ずるということ
最近人に薦められて、ナポレオン・ヒルという人が書いた本を読みました。金持ちになるなるノウハウだそうで、何のことはない目標に向かって一所懸命念じて、努力をすれば達成出来る。何も不思議なことではありません。極めて当たり前なことです。一心不乱に目的に向かって一生懸命頑張れば、いわゆる守護霊と言われる方々や眷属が味方についてくれることは周知のごとくです。また、ご丁寧に目標はただお金が欲しいいうことではだめで、人のためになるようなことを目標としなければならないとも書いてあり、仏法やスピリッチュアル的が昔から言ってきたことです。
人間とは弱いもので、なかなかその境地にまで達するのは難しいものです。いくら経験則で分かっていても。
しかし、読み終えた時、頭の中で「おい、お前は介護と終末期医療の施設を作りたかったんじゃないのか?」と誰かに言われてしまいました。
「申し訳ございません。どうしても達成するという念が足りませんでした。精進します。」と答えるしか出来ませんでした。


2007/9/17
オーラの色を変えたい
最近、何を勘違いしているのか、オーラを金持ちになるように変えるにはどうしたらいいかとか宝くじを当てたいのだけれどどうしたらよいかという摩訶不思議な相談をしてくる人が何人もいます。結論から言えばオーラで金持ちにもなれませんし、宝くじも何かの作用で当たるなんてことは全くありません。要は俗な現世利益に神と崇められている眷属たちは手を貸してはくれません。ましてや守護霊がそんな馬鹿げたことなど取り合ってくれません。皆さん何か霊的なこととは超自然現象が起こること変な思い違いをしているようです。
何かの偶然で宝くじが当たったとしてもそれは霊的な作用ではありません。かえって当たってしまったことによって人生が狂ってしまい、あの世に戻る時になって後悔をするということに。実際にそういう方を身近に見ています。
お金はほどほどでよいのです。「子孫に美田を残さず」とかいいますが、親は親で子は子で一生懸命自分の人生を真っ当すればそれでいいのです。死んだ時、現世にある物は何一つ持ってはいけないのです。魂だけになって帰らなければいけないのですから。あの世に胸を張って行きたいものです。

2007/9/11
浄化ということ
今日、私の仕事のほうの取引先の方が亡くなられ、枕経をお読みしてきました。数日来軽い頭痛がしていたので、何か起こるのではないかと思っていましたが・・・仕事の話より霊的なことや私の専門の考古学や歴史についての話でいつも盛り上がって、深夜にまで及ぶこともしばしばで、何かに付けて一番親しくさせていただいていた方でしたのでとてもショックでした。早朝に息を引き取られ、そのまま斎場に来られたそうで、私には何も言われませんでしたが、ご家族には常々葬儀の導師は私にしてほしいと話されていたそうです。先祖代々名家ででもあり、代々の墓や檀那寺もあることですので、導師は丁重にお断りして枕経だけをあげさせていただくことにしました。
斎場内の控え室に入るとご遺体の横にちゃんと霊体として座っておられ、読経を済ませると「初めて君のお経を聞いたよ。ありがとう」と言ってくれました。生前に霊界のこと死後どうなるのかといろいろと話をさせてもらっていたのですが、自分が亡くなった自覚をされており、おだやか魂でした。まもなく浄化されることでしょう。でも現世にまだ生き続けなければならない私にとっては羨ましいの一言。でも人は平等にいつか必ずまた霊界に戻らなくてはなりません。悔いのない死に方をしたいものです。


2007/08/8/31
パワーストーン
毎月わずかではありますが、お守り代わりに天然石のブレスレットやストラップをお分けしていますが、その多くの方が身に着けてから石が急に熱くなったり冷たくなったりすると現象が現れているとメールでいただいております。
どんな時にそうなるのかとこちらからお聞きしてみました。積と「極的になりたいという方の場合、意を決して他人に話しをしようとした時に石が熱くなった。ぎゃくにいつも冷静にものごとを考えたい場合、感情が高ぶった時に石が冷たくなった。などなど不思議なことが起こるとのことでした。石をお渡しする時は横着せず、一つ一つ浄化を行いそれぞれの方の願いを込めています。いわば同じ石であっても念はそれぞれ違う入れかたをしています。願望と石の念に生前によって熱くなったり冷たくなったりするのかもしれません。


2008/8/22
長らくパソコンから離れ、中越沖地震で破損した箇所の調査に行っていました。2年前の中越地震の時も同様の調査をしましたが、今回のほうが狭い範囲で被害が集中しています。かえって山古志より酷い状況かもしれません。ある調査に入ったお宅では、二度も家屋に甚大な被害を受け、「私はどんな悪い事をしたのだろうねえ。老い先も短いのに立て続けにこんなことになって。」と途方に暮れていらっしゃいました。
しかし、このようなことは悪事をしたからなったのではなく自然の摂理によって引き起こされたものであって、決して人間が何かをしたからではありません。アメリカでは災害にあった宅地等は政府が現状復帰してくれるそうです。でも日本の政府はこういうときは全て自己責任で済ましてしまい、倒壊家屋の解体費用しか出してくれません。更地になった我が家を見て呆然とする人々。それを幾たびも見ると何かやりきれない思いになります。

2007/8/4
宗教勧誘
新潟県中越沖地震後、震源地柏崎には当社所属のプレイヤーや取引先等があり、後片付けの手伝いに追われなかなかここに書くことが出来ませんでした。半月経過してもまだ現地は大変な状況です。
そんな忙しい時、どこぞのキリスト教原理主義団体に所属している女の子が、被災地で勧誘をして回っていました。ボランティアで手伝いならまだしも、勧誘とはあきれてしまいました。たまたまそこの人が出かけていて私1人だったので「この惨状で勧誘に来るとはどういう感覚?人が弱っている時の勧誘とはどこぞの政教一致団体みたいだね。」と言うと「聖書を読めば何故このような天変地異が起こるのかわかる。」ときました。そこまで言うのならと思い、「聖書のどこにそれが書いてあって、実際に災害が発生した記述はどこのある?」と尋ねると「牧師の方がそう書いてあると言われているだけで詳しいことは分からない」と答えにならない答えでした。「自分で言っていて根拠が具体的でないことに変だと思わない?」と逆に聞くと泣き出しそうな顔になってしまったので、「勧誘するなら最低限論証の根拠を示さないと誰も相手にしてくれないよ」と諭し、帰ってもらいました。
宗教的真理を絶対的な真理であると思い込ませる所謂マインドコントロール。誰でもおかしいと思うような矛盾も分からなくなってしまうのです。真理とは宗教で言われているような教義ではありません。全てを超越したものであり、人が考えた宗教が入る余地などないものなのです。

2007/7/13
参議院選挙
いよいよ公示され約2週間の選挙戦が始まりました。与野党ともに宗教法人が絡んだ候補が出ています。既成教団、新興教団がそれぞれの思惑で立っています。被選挙権は日本国民である限り、誰でも持つ当然の権利ですから、とやかくは言えません。しかし、宗教者としていかがなものかと思ってしまいます。衆生を救う手立てとして、国会の場に出ようとしているようには見えないのは私だけなのだろうか。写真を通して見えるオーラは皆赤くなっていて、慈悲を表す精神状態の紫が一片も見られない。どこぞの政教一致党と何ら変わりがない邪な現世利益を追い求めているようにしか思えないのです。

2007/6/21
物欲の強い人
煩悩が何もなくなったら、それは人間ではありません。それを仏教では解脱とか悟るとかいわれています。しかし、本当になくなってしまったら
これはもはや生きているとは言えない状態なのかもしれません。その昔。阿羅漢といわれるところまでの境地に至った人の中には悟ってしまったときに自殺したとも。生きていることは苦である。確かに生きていると楽より苦の方がずっと沢山あるように思いがちです。でも困難があるからまた生きていることが面白いってこともあります。
ある霊能者のかたと先日お会いした時のこと。「以前から思っていたんだが、物欲が強い人や権力を持ちたがる人を見ると前世が少ないなあって思うんだよ。きっと霊的に未熟なのかもしれない。」と言われていました。なるほどなあと感心して帰ってきました。確かに慈悲深い人ほど
沢山の前世が見える場合が多いのは私も感じていましたから。物欲から解き放たれて、人のために尽くしている人。オーラは紫や金がさし、所謂仏像の後ろにある光背のようになっている。私はこのような場面に遭遇すると「ああ、この人はもう生まれ変わることはないのだろうなあ」と直感的に思うことが度々あります。私はまだまだ未熟で何回生まれ変わらなければいけないのかなあって。でもそれはそれで楽しみにしています。

2007/6/19
憑依されるのは自分のせい
霊能者に度々除霊してもらってもすぐにまた憑依されてしまう。こんな方が多いといろいろなところで耳にします。同道場の説明でも書きましたが、憑依される人はそれなりの波長を出しているということです。精神的にネガティヴになっていたり、餓鬼道に落ちている精神状態では
いくら憑依している霊を浄化してもすぐに別の霊が憑依してしまう。まずは憑依される本人の考え方を変えなければいつまでたっても同じ状態で悩まされることになります。霊障があって霊能者のハシゴをしてもそれは対処療法になるだけで、意味がありません。かえって落ち込むことになるでしょう。餓鬼道とは際限なく自分の欲望に走り、いくらお金があっても食べ物があっても満足出来ない心です。こういう心持ちであると同じ浄化出来ていない執着のある霊に憑依され、悩まされる。
まずは心を穏やかにして自分の心に問うてみることです。何故次から次と憑依されている原因は何か。人を嫉んではいないか。物質欲に囚われてはいないか。大きな心で人のために何かをしているか。反省してみてください。きっと答えが見つかるはずです。


2007/6/14
ただいま製作中です。
パワーストーンのお話をさせていただいてからご注文が集中してしまい、今月中の予約がすでにいっぱいになってしまいました。今ご注文をされた場合、7月初旬のお届けになります。ご迷惑をおかけします。

2007/6/6
優しい霊?
霊媒体質の人で、憑依してきても簡単に落とせると言う人がいます。私から言わせれば「あなたはそんなに低い波動なんですか。」と言いたくなってしまいます。憑依してくる霊は自分と同じ波長の低い人にしか憑依して来ないものです。何故か。現世に未練を持ち続け、霊界に旅立つことが出来ない霊は自分がどういう立場にあるのか理解出来ていない低級霊だからです。成仏したくて寄ってくるというのも間違いです。
ただただ現世に居座り、疑似体験して満足したいだけなのです。
私も当初は成仏したくて私のところへ来ていると思い込んでいた時期がありました。しかし、とどのつまりは現世の思いを断ち切れなくて寄って来ているだけでした。優しい霊だからとか何もしないからそばに居ても気にならないなんて思ってはいけません。どんな想いがあるにしろ、絶対に現世には居てはいけない存在なのです。悟らせて幽界に行くことをきちんと言ってあげることこそ肝要なのです。


2007/6/5
パワーストーンの販売について
やっとお分け出来るようになりましたが、一つ一つ浄化していますので数量的にはそう出せそうにありません。以外と採掘した人や加工した人の想念が入り込んでいることに驚いています。きちんとした物をお届けしたいので当分は数量限定ということになりそうです。ご迷惑をおかけしますがよろしくお願い致します。

2007/5/28
先祖が祟る
先祖が祟っていて私の家系は短命だったり事故死をしたり、病気にかかっています。祈祷して祟りを解いてください。というメールをいただきました。えーと
先祖は絶対に子孫に害を及ぼすようなことはしません。以前、いくつか同じようなことで依頼を受けたことがありますが、先祖が祟っていたことは一度もありませんでした。ネガティヴな想念が未浄化の霊を呼び寄せていることが原因でした。よく上七代下七代に祟ってやるといった言葉を聞いたことのあるでしょうが、これは親族ではなく他人の怨念によるものです。また、そこまで怨念があったとしても人に害を及ぼせる霊などほとんどいません。
まずは気持ちを一新して前向きな考え方になることです。ものは考えようと言うように良い方向で物事を思わないといけません。病気になったらそれは休息をとるように。事故にあったらそれは単に不注意であり警告だったと。くれぐれもご先祖が引き起こしているなんて思ってはいけません。むしろ子孫を守ってくれているのです。

2007/5/23
悲しい事件の連続
よくもまあ毎日、殺人、子捨て・・・・ 人間として恥ずかしくないのかと思うようなことが毎日のように新聞、マスコミを賑わせています。どうも日本のカルマ狂ってきているようです。快楽主義、利己主義、拝金主義が日本を覆っているようです。どうしてここまで餓鬼道を地でいくような日本になってしまったのでしょう。他人を思いやる心、奉仕の心が薄れてしまったこの国の末路が目に浮かぶようです。心を引き締め精進精進。

2007/5/19
奇跡なんだけど・・・
以前にも外での音響の仕事の時、どんなに雨でも本番の時間帯だけ雨があがることをお話したことがありました。こういう事が何年も続くとそれが当たり前になってきます。私自身は仕事のあるたびに神仏の加護を願い読経や九字切り等ありとあらゆることを行っているのですが、どれだけ大変なことか理解していない担当者が今日「直前に晴れる奇跡が続くと奇跡ではないですね。」と私にこともなげに話していました。いつもこれだけの事をしていると言いたくなりましたが、人知を超えたこういう現象は一般の人には分からないことですから黙ってニコニコしていました。


2007/5/15
今日のニュースで子捨て箱に3歳の子供が入れられていたそうです。人間というものは規制が緩和されるとどのように拡大解釈してしまうようです。日本人は古来より霊性が高く、いわゆる品格がありました。神仏に対しても畏敬の念を持ち、他の国とは比べようのないほどでした。国の政策も関係あったとは思いますが。しかし、昨今の殺人事件や数々の不正には日本人の霊格の高さが微塵も見られない悲しい現状です。拝金唯物主義がもたらした弊害とでも言えるでしょう。もっともっと私も含め、魂を磨かなければなりません。


2007/5/14
仕事がら毎週のように牧師と会う。まあ人間だからいろいろいるのは仕方がないにしろ、世俗的な牧師が多いことには驚かされます。式の司祭を務めるわけだが、平気でギャラという言葉を使うし、かつ横柄な態度である場合が多い。神に仕えるとは程遠い物質的価値を全面に出してくることに可笑しささえ覚えます。一般に宗教家は寛容さがあると思っている人は多いだろうがとんでもない。会社組織と一緒で指揮系統が縦割りであったり、派遣させる牧師も自分の気に入った者には多く回すことを当然のようにしているのが実態です。ある牧師などは病気になってしまうと周りからみても無残な落ち込み方をして若い聖歌隊の子らに慰められという醜態を晒す者さえいる。このような彼らが礼拝し、説教をしていることを思うと何か虚しさを感じてしまう。
まあ、ほとんどの宗教は(キリスト教、仏教・・・・カルト・・・)自分たちの教義を広めるというよりは組織の維持のほうが第一命題になっているといったほうがいいかもしれません。精神的価値より物質的価値に重きを置いている。とても悲しいことです。

2007/5/8
パワーストーンについてのお問い合わせが最近増えています。土産物店で買った水晶のブレスレッドをしたら体調が悪くなったとか、
虎目石を身につけてからあまり良いことが起こらないのでどうしたら良いか・・・
私も日ごろ天眼石や虎目石を身につけています。私は身につけるようになってから偶然か必然かわかりませんが、かなり霊的には強い力を得られるようになりました。ただし、身につける前にはきちんと念を入れ浄化をしています。多分ほんの僅かだと思うのですが、
念を入れると称して邪念を入れる輩や製作者が意図しなくてもその時の悪意が入り込んでしまうことがあります。
ではそんな時はどうすれば良いか。コップに水を入れ、粗塩を一つまみパラパラと満遍なく振りまいてください。そしてその中に石を一晩漬けてください。これでかなり浄化されます。それでもだめな時はきちんとしかるべき浄化が必要となります。

パワーストーンの販売について何人かの方よりお勧めがありますが、現在検討中です。しばらくお待ちください。

2007/4/22
忙しくなかなか書く機会がなく今後も不定期になりそうですが、よろしくお願いします。
先日、次々と憑依されるという方が来られました。確かに様々な未浄化霊が沢山背後にいることが見てとれました。何でこんなにと思ったのですが、よくよく見るとその方ご自身に問題があるようでした。私よりかなり年配の方で事業にも成功され何不自由ない生活をされていること。ところが最近体調を崩したり、普通では考えられない不思議な現象が家でも外でも起こる。原因を取り除いてほしいとのことでした。まず見えたのはその方の物質欲が極めて強いことでした。次から次と金になることは少々ダーティなことでも平気でやるように感じられ、その事を尋ねると「金を稼いで好きな事に使って何が悪い。騙される方は勉強不足なのだから騙されて当然。除霊して早く稼げるようにしろ」と高圧的な態度でした。私からすると完全に餓鬼道に落ちてしまった可愛そうな人としか見えませんでした。結局いくら憑依している霊を浄化しても無意味であると。
こういう方は悪い言い方ですが、死を迎えても自覚出来ず、今憑依している霊と同じことをするでしょう。また、悔い改めることを今勧めても理解は出来ないと判断しましたので丁重に帰っていただきました。本人が自分自身で物欲は何んの意味も持たないことを悟らない限り。

2007/4/9
スピリッチュアルブームの影響で食肉より菜食のほうが霊性が高くなるという迷信に惑わされる人が増えています。今の時代だから菜食主義でも不足した栄養素を補うことができますが、人類が氷河期を乗り越えて生き残ってきたのはその雑食性にあります。日本を例にとっても植物を栽培するようになったのは考古学的にみてもたかだか5、6000年です。人類が出てきて約500万年という歴史の中ではほんのつい最近のことです。この事実を無視してまで草食は霊性を高めるだどという迷信を信じてもあまり意味のあることではありません。ただし、必要以上に無駄な殺生をすることは自然界のバランスを崩すとともに霊的にも良くないことは当然のことです。

2007/3/13
オウムの元代表の上祐がSNSの最大手mixiで布教活動を始めました。もともとあのカルト教団はパソコンオタクや引篭もり等一種のコミュニケーションがうまくいかないような人をターゲットとして拡大していった経緯があります。教団幹部は皆パソコンに長けていたと言われる所以でもあります。地下鉄サリン事件からまる12年。当時子供だった人たちはあまり当時のことが分からず、入信してしまっているという事実。現在の信者の二割が事件後の入信とは驚きの数字です。よく新興宗教にはなる人は次々と信じるものを変えていくという傾向があるようですが、オウムの場合、無神論者というか全く無知な人が騙されることが多いとされます。こんな子供騙しのようなカルトに騙されるだけ人の心が病んでいるという証拠でもあります。
上祐は松本の教義を捨て、仏教を中心としたカルト集団を作ろうとしていますが、根っこの部分はまず変わってはいないと思われます。
TVであの新集団の形式的なやり方を見てもオウムを継承していると見て取れます。早い話がガン細胞が分裂して、どんどん拡大していくのに似ています。もしこのまま放置しておけばいずれはまた一つにまとまり、一大カルト集団が出来上がってしまいます。S学会とともに日本にとってとても危険な存在です。
TVを見て伝わってくる上祐のオーラは以前と少しも変わらない真紅です。とてつもない邪を感じます。被害が広がらないことを祈らずにはいられない今日このごろです。


2007/3/4
私の出入りしている会社の娘さんから今日いきなり「施餓鬼供養をしろと霊能者に言われた。後ろに母親と小さい女の子が憑依しているから除いたほうがいい。どうしたらいいのか。」と相談してきました。私が見たところそんなものは全然憑依していませんでした。問題はオーラの部分だけ。勝気で赤がかなり強く出ていて、性格的なことが災いして人が回りに寄ってこないだけなんですが、本人にとっては結婚出来ない原因は憑依しているからと納得している様子。結婚が霊障で出来ないなんてそんなこと聞いたこともありません。全部本人の心がけの問題です。私に施餓鬼法要をしてほしいと依頼されましたが、返事を濁してその場を繕いました。どうしてもというのならしても構わないのですが、実際そこまでする必要はないんですけどね。
それこそ修羅場の果てにとなると事は別ですが、そうでなければ霊が関与する次元の問題ではない。ここを見ている方々はそんな馬鹿げた事は思わないと思いますが、くれぐれもインチキ霊能者に引っかからないように。

2007/2/23
人は死んでもまた好きなところに生まれ変われるかという質問を受けることがあります。特に昨年虐めを苦にして亡くなった子供が、また生まれ変わるならお父さんとお母さんの子供になりたいと遺書を残したことはマスコミでも報道されました。
現世ではもう有り得ないことは分かりますね。では来世では?難しいかもしれません。自分の意志で亡くなった場合、執着があるとなかなか仏教でいう成仏しないんです。後悔の念とか現世への執着などがあると土地に縛られたり人にしがみ付いていてなかなか次のところへいけなくなっているんです。そんな霊があちこちで出没していると思えば納得できるのではないですか。
何があろうともちゃんと天寿を真っ当していかないとそんな都合よくはいかないのです。


2007/2/11
昨今、SNSなるものが大流行していますが、私も入っている最大手mixiには700万人も参加しているとのことです。今日ある方からメールをいただきました。mixi内の中に時代の寵児として今持て囃されている江原啓之氏のコミュがあり、そこがアンチと言われる人々に荒らされて困っているので、どのように反論したらいいか教えてほしいとのこと。それで早速そのコミュを私も覗いてみました。アンチより江原信奉者の妄信的な言動のほうに驚かされました。信仰とまで書く人が居るとは・・・
江原氏の言っていることはTVを通じて私も同じ感じや見方が出来るので、概ね合っていると思います。しかし、だからと言って宗教と結びつけるのは大変危険なことです。冷静に考えればすぐに分かることです。霊は宗教が存在しようとしまいと関係がないからです。そこを間違ってしまうと教祖様的見方でエハラーなる分けの分からない信奉者が湧いて出てくる。メールをいただいた方にはそのまま放置しておけばよいのではとお答えしました。きっとその方の期待する答えにはなっていないと思いますが、信じる信じないはやはり各人の心の中のことです。どうして誹謗中傷するような言葉が書き込まれるのか。そこのところを考えていただきたいのです。


2007/1/31
本業が忙しく、すっかりご無沙汰でした。この間いろいろあって何からお話すればよいやら。
18日にかみさんの車のリヤガラスが粉々になりました。昨年は17日にやはり同じように割れました。車は昨年変えたのにまた同じとはと驚いたのもつかの間、いつもかみさんと一緒に回っているソプラノ歌手の方の旦那さんが、ちょうど同じ時間にここから100kmも離れた所でガードレールに車を衝突させました。そして留めは翌日、友人の世界的レベルにあるバイオリン奏者の方の家が全焼してしまいました。幸い皆さん無事で済んだことでホッとしました。ビックリしたのは全焼にも関わらず、音楽関係のものだけ全て燃えていなかったのです。しかし、この一連のことはは警告ではないか、何かあるぞと。早速祈祷に入りました。 やはり邪魔するものが出てきました。
とは言うもののやはり警告としてのことでした。「君たちは少し怠けていないか?することがまだまだいろいろあるはずだ。」と。どうやら
眷属の仕業のようでした。祈祷は中断して皆に伝えました。心を引き締めて今年は演奏活動を行うようにと。


2007/1/5
あけましておめでとうございます。今年もよろしくお願い致します。
今年は私のところでは雪もなく、31日から1日にかけては快晴でまるで東京のようでした。下の子供が除夜の鐘を突きたいというので、子供が通う幼稚園を経営しているお寺で突かせていただきました。その後、近くの神社へお参りに行って夜中の1時過ぎに帰ってきました。よく日本人は神を拝み、仏も拝み節操のない民族だと言う人がいます。まあ外国から見たら摩訶不思議に映って見えるんだと思います。しかし、そこがまた日本民族のよいところ。大概の宗教に関しては」寛容であり、大きな宗教戦争も起こらず、いわば宗教の先進国だと思えばいいことです。神仏を敬うことはとても人の心にとっては大切なことです。極端な言い方をすれば、今日本が直面している教育問題や社会全体のマナーの低下を解決できるのは古来日本人が持っていた謙虚さ、恥の文化を復興させればいいことです。敗戦後、限度を超えた民主主義の名のもとに意味を履き違えた個人主義が横行し、何をやっても自由だといい、自分さえ良ければいいという風潮が蔓延ってしまいました。もう少し耐えるということを子供たちに学ばせる必要があります。何でも好き勝手に耐えることを
忘れた付けがここへきてジワジワ日本を蝕んできました。当然、肉体を持った我々の魂もだめになってきています。これが日本のカルマなのだとすればそうはそれで仕方のないことです。
しかし、それではこの瑞穂の国と言われたこの国を私たちの代で終わらせてしまってよいものでしょうか。魂は輪廻しいろいろな国で生まれ変わっていますが、肉体を選んだ時にはそこの国の民として生きることを宿命としているのです。そこで命を真っ当しなければいけないのです。そう考えると今の日本は滅びることを前提に魂が送り込まれているのかとも思ってしまいます。そんなことはないと思いたいのですが・・・


2006/12/27
今年も残すところあと4日余になりました。みなさんどのような一年だったのでしょうか。
さて、昨日フジTV系で「天国からの手紙」という番組をやっていました。ある方から「江原氏の胸には十字架のネックレスがあったが、彼は神道のはずなのにおかしいのではないか。結界を張る時のお札は真言。一体どのような宗教を信じているのか」とメールをいただきました。私のHPの冒頭をお読みくださればご理解いただけると思うのですが。
霊と宗教とは基本的に違うものです。霊魂は人間の存在があろうとなかろうと存在しているのもです。宗教は人間が頭の中の想像で作り上げたもので、特定の宗教を信仰している人のみについての心の拠り所です。だからと言って無関係ではありません。やはり生前信仰していた宗教による供養によって浄化されることもありますから。
問題はスピリッチュアカウンセラーを教祖のごとく祀り上げる馬鹿げたブームです。何でもかんでも霊のせいにしたり、宗教と無理矢理結びつけようとしている誤った考え方が横行しています。
宗教はあくまでも人の妄想であり霊とは別物であることを忘れないようにしてください。

2006/11/22
未だに体調不良で、本業のほうに支障が出るほどまずい状態です。明日は何もないので、一機にけりを付ける予定です。

ある方から、同じ仏教の宗派なのに霊を肯定するところと否定的なところがあるのは何故かとご質問のメールをいただきました。
答えを先に言ってしまうとお釈迦様が生きていたころは生まれ変わるとか輪廻転生は肯定も否定もされませんでした。かえってそのような考えに囚われること自体が修行の妨げになると言われました。
しかし、今日、小乗仏教国では輪廻転生を是としている節がありますし、大乗でも霊障を取り除く祈祷が存在していることから、霊の存在や輪廻転生は受け入れられていると考えたほうが自然かもしれません。
但し、以前よりお話させていただいているように、宗教と霊は関係ありません。どこの宗教が肯定、否定しようとそんなことは霊にとってはどうでもよいことです。またの機会に詳しいお話をさせていただきたいと思います。

2006/11/13
先日の祈祷の後、何かが一緒に憑いて来たは分かっていましたが、完全に私の中に入り込んでウィルスのように潜伏していました。
ちょっと忙しいこともあって勤行を休んでいましたが、昨日突然39度の熱がいきなり出ました。風邪の症状もなくどこか他が悪くなってしまったのかと心配。今日医者へ行ったのですが、喉は腫れていないし、血液検査でも異常なし。取り合えず抗生物質をもらって帰ってきました。しかし、帰ってから勤行をしているうちに熱が下がり正常に戻ってしまいました。蝋燭はやはり大きく炎を揺らせ、ラップ音が聞こえました。どうやら眷属ではなさそうで、浄化したくて来たようでした。言霊と九字でお払いをして終了。滅多にないことですが、私の肉体に入り込もうとして私自身の魂とぶつかり発熱になることがあります。ちょっと私の油断でした。

2006/11/7
昨日、10/23に書いた祈祷を行ってきました。予想はしていましたが蝋燭の炎が20cm以上になったり、部屋中でラップ音が鳴り出し、仕舞には木鉦(本当は木へん)が下へ突然飛び上がって落ちたり霊による邪魔が頻繁に起こりました。。眷族が絡むと物理的現象も派手になります。約一時間の施餓鬼会が終了したときには同席した者はみんなヘトヘトの状態でした。眷属には居るべき場所へ一旦お帰り願いました。土地は一応清められ、結界を張り無事終了。
問題はいわくつきのこの土地を手放した売り手。先祖霊の怒りは収まるどころかかえって強くなる一方で、今後起こりうることが私の脳裏に映りました。餓鬼道に心が落ちてしまった人は、なかなか霊の気持を察することが出来ない状態になっています。慢心の心に霊は入り込み、とんでもない災いを起こします。一番の張本人が気が付いて改めない限り私がなにをしようとも浄化は出来ません。


2006/10/23
すっかりご無沙汰です。祈祷の3件行い。かなり疲れました。とりあえず無事に何事もなく終わりました。
先日、懇意にしている女性がくも膜下出血で亡くなられました。享年46歳。子供が三人いらっしゃいました。一番下の子供はまだ小学1年生で、葬儀の時は涙をさそいました。地元ではちょっとした有名人で、会社を経営され公的な役職にもいくつか就かれていていました。周りからは仕事が出来て、家庭にも恵まれてと羨ましがられていました。突然の訃報にうちのかみさんはショックで言葉を失っていました。きっと本人もこれからもっと会社を大きくしていきたいと思っていた矢先で、ご主人にも何と声をかけていいやら困り果ててしまいました。本人は寝ているうちに死んでしまったため、まだ死んでしまったことを自覚出来ないようで、葬儀の場でも誰と聞いてくるような状態。引導を渡すにしてもなっと思ってしまいました。いずれ自分で自覚する時までそのままにしておくことにしました。

来月はまた複雑なところへ結界を張りに行きます。眷族と子孫の行状を悲しむ先祖霊が絡み合い、なかなか難しい。用意周到にしていかないと効果がないと思うほど重い祈祷になりそうです。

2006/10/6
今日から浄化のための準備を始めました。負けないように気合を入れて請願文を書いています。書く事で精神を集中させ、どんな邪悪なものが来ても大丈夫という信念をもってやらないと必ず失敗してしまいます。霊に心を見られてしまっているといったほうがいいかもしれません。納得させ浄化してもらうことは並大抵のことではうまくいきません。宗教の儀式はあくまでも方便であり、一番重要なのは行う祈祷師の精神と救われたいと願う人の強い気持です。

2006/10/4
オーラの鑑定の依頼がたまにきます。でも私はオーラに関しては、色が見えることがあり、これがオーラかなと思うことはありますが、それ以上でもそれ以下でもありません。そこから何かを感じることは出来ますが、そこからのアドバイスははしていませんので、悪しからず。
一昨年、このも書いた、義弟に憑依された女性のお話をしたかと思います。相談を受けて以後、落ち着いたようだったので静観していました。しかし、解決はしていなかった。先日、様子を見に行ったのですが、飼っている猫が必死に守っているのが見て取れました。
そのために腎臓の病に侵され、もう今年いっぱいもたない状態でした。家人にも抱かれないその猫が、うちのかみさんに寄ってきて抱かれ、「助けてあげて」と言って去っていきました。私もかみさんも同じく感じたということは、確実にこれから大変な事になると見て取れる予兆です。これから浄化に向けた準備をして、怨念と対峙することとなりそうです。


2006/9/25
お彼岸での不思議。23日午後一家で私とかみさんの父親の墓にお参りに行ってきました。風が強くて線香がなかなか着かず、1,2本火が着いたところでそのままにして帰ってきました。翌日、かみさんの母親も墓参りに行きたいということで、行くとかみさんの父親の墓の線香は燃えずに残っていました。私のほうの墓へ行くと線香はすっかり燃えてなくなっていました。ところが・・・、線香立てに残っていた線香を取ろうとしたところまだ火が着いていました。ちょうど24時間経過しているのに燃えていて一同ビックリ。どう考えてもごく普通の線香が、そんなに燃え続けることは有り得ません。父親の悪戯?

2006/9/19
久しぶりに浄化のための祈祷を行いました。見ず知らずの方の祈祷はよほど霊障がない限り、お断りしていますが、今回は公私ともにお付き合いのある方で緊急を要するものだったので、準備を含めで4日ほどかけて行いました。すでに準備の段階でご本人の想いが純粋だったこともあり、ほぼ本格的な祈祷前にはいつでも浄化出来る状態に霊が落ち着いてくれていたお陰で、順調に行うことができました。いくら肉親でも言葉にしないと伝わらないという典型でした。この件は一件落着。
と思いきや、最後に川へ流すために行った後、別の未浄化の霊が付いてきてしまいました。さて、これから・・・

2006/9/12
友人の奥さんが自損事故を起こした時、目の前に白い霧のような形が出てきて助けてくれたが、それは誰かと問い合わせがありました。それで詳しい話を聞いたところ、「運転中に急に眠気がさして、気が付いたら反対車線の縁石に乗り上げていた。エラーバックが開いて我に戻った。そのときに白いものが出てきた」とのこと。
通常ドライバーが一瞬眠気をさして意識が無くなっても、それは本当に1秒か長くても3秒くらいのものです。完全に寝込んでしまうことはまず有り得ません。
ちょっと気になったので、悪いと思ったのですが、意識を友人の家にとばしたところ、奥さんとは逆のことが頭に出てきました。事故を起こさせたのはその白いもので、助けたのは守護霊だったようです。運転中に憑依されてしまったようで、それが眠気の原因です。反対車線に車が来ないようにさせたのは守護霊です。
憑依されるとよく眠気かさすとか気を失うということが起こります。今回も同じ状態になってしまった。土地の問題がはたまた霊障か。

2006/9/11
当道場のところに関しては、通常のHPの部分より最下層に入り口がありますから、通り一遍で閲覧すると表示されませんよね。しかし、ご縁のある方は迷わず下までスクロールされているようです。メール等を頂いた方にお聞きしますと何故か法華道場のリンクに来てしまったと言われます。これからもご協力出来ることがありましたら何なりとメールをいただければ幸いです。

さて、先日の後日談です。帰ってきてから人の気配が背後で四六時中するので、問いかけてみると斎場からこられた年配の方でした。白髪で小柄な方で、娑婆への執着もそれほど強くなく、温厚な方でした。もいわゆる四十九日を過ぎていらっしゃらない魂で、つい付いて来てしまったそうです。昨日、かみさんの病気平癒のお礼参りに雁田神社というところに行っていました。子授け、安産、目、下半身の病気に霊験のある神社で、新潟県を中心に点在する神社です。小さな神殿ですが、県外からもそのご利益に与ろうと参拝客が訪れる神社です。そこでお礼を念じていましたところ、いつのまにか背後の気配は消えていました。居るべきところに帰られたのでしょう。
私のような未熟者に一緒に付いてこられたことにちょっぴり感謝しました。今回は憑くではなく付くと書きましたのは、憑依ではなく背後にただ付いて来たられたからで私の体には全く寄ってこられませんでした。

2006/9/6
明日、明後日と以前隣に住んでいた方が亡くなられたために葬儀に出席します。二日前にかみさんが深夜、階段のところに70過ぎの女の人が立っていたと私に言っていたので、もうそろそろかと思っていました。案の定今日、知らせがきました。
子供のころから隣の子供たちとは年が近かったこともあり親戚付き合いをさせてもらっていました。しっかり引導をお渡ししてきます。

2006/8/31
暑かった8月も今日で終わります。ようやく涼しい風が吹くようになりました。先日、友人から「死んだら皆んな煩悩がなくなるのだから、悪さする霊がいるのはおかしいのでは」と聞かれました。さてどうでしょうか。死んだら仏とはあくまでも仏教的な発想からきています。これがキリスト教だったらどうなのでしょうか。天に召されるか地獄へ行くとかになるのでしょうか。
霊的にみると死んでも煩悩はあるんです。未練とか怨念とか言われるように死んでも無くなることはないようです。それが、霊障として現れたり、やっかいなことになったりします。いわゆる煩悩から解き放たれた格の高い霊はそんなことはしません。

最近、憑いている霊はなにかとか人生相談的なご相談が増えています。私はあくまで霊的な現象面からの対処の方法や訴えてくる霊に浄化していただくための助けをしているだけです。人生相談等は行っておりません。どうしたらいいか迷っているので霊に聞いてほしいとか現世利益的なことには一切お答えしておりませんので悪しからず。


2006/8/26
8月頭に梅雨明けしたら、今度は猛暑。私の住むところは日本海側で台風によるフェーン現象をもろに受け、お盆前後は35℃に迫る気温が10日以上続きました。そんな最中、かみさんが手術のため入院、子供の面倒やら何やかや忙しい日々でした。
私は病院が苦手です。別に病気で行くのは気にならないのですが、見舞い等で病棟へ行くのはちょっと。毎日かみさんのところへ行っていると「ああ、もうそろそろか」とか病室の前の名札だけでも分かってしまい、困りました。かみさんもそこのところは分かっているので
私には聞こうとしませんが、やっぱり人の死が分かるのは嫌なものです。入院中に一人とその後気になった二人とも・・・。
それから退院の日に知人家族にばったり会ったのですが、奥さんが妊娠中で不正出血したので来たと言っていましたが、どうもオーラがグレイで・・・・。何事もないことを祈っています。
三年前にもかみさんは入院しました。そのときはうっかり結界を病室に張るのを忘れてしまい、夜中に病死した霊が現れて大騒ぎになったこともあって今回はしっかりお札と結界を張りました。退院するまで一度も出ることもなく帰ってくることが出来ました。
さて、今年のお盆はどうかと言いますと、けたたましくは出てきませんでした。父親が私の寝ている部屋の前に立っただけで、特別なことはせずに帰って行きました。ちょっと拍子抜けでした。かみさんが入院していたからかと思います。

2006/8/9
毎年この時期になると亡くなった父が出てきます。いつもは15日前後にけたたましく階段を上る音や咳払いなど、以前は霊の存在を認めない私の母でさえその現象を目の当たりにするほど強い現れ方をします。今年は少し早く、今日の早朝、私の寝ている部屋のドアを思い切り音を立てて入ってきました。どうも何か伝えたいことがあるようですが、それはもっと後でのお楽しみらしい。

2006/6/23
肉食は良くない。菜食にしたほうが霊的に良いと聞いたが、本当か?とメールをいただいきました。一部でそのようなことが言われていることは耳にします。しかし、そのようなことは霊的には関係ありません。命ということから考えれば、植物だろうが魚だろうが哺乳類だろうが全て同じです。進化の過程で分化してきただけの話です。人が雑食になったのも進化の過程でそうせざるを得ないことがあったからそうなっているのです。菜食だからとか肉を食べるから霊的に何かあるなんてナンセンスです。命をいただいているという事実とそれに対する感謝の気持ちのほうがよっぽど大切だと思います。
植物にしても食べられるからかわいそうと思っても、実をつけてそれを食べてもらって種を広くばら撒いてもらうことが目的だったり、家畜化されて食べられる動物だって、人間と一緒にいることで種を保存出来ることを本能的にわかっているから食べられることに反乱を起こさない。食物連鎖なんです。人間は少し傲慢になって食物連鎖を破壊していますが、そんなことで霊的に問題など起こりません。
よくイルカとかクジラを食べるのは野蛮だとかいう西洋人がいます。より頭脳が大きくて下等動物と違うのだからという変な差別をするグリンピースとやらがいますが、あれは人間のエゴで命に勝手に優劣を付けているだけです。牛や豚は下等だからよいのか。植物なら食してよいのか。明らかな矛盾です。むやみに命を奪うことはよくないことは当然です。しかし、生きていくために他の命をいただく。これは人が生きて行く限り、自然の摂理なのです。

2006/6/14
よく信仰と宗教を一緒と思う人がいます。ほとんどの人はそうかもしれません。しかし、信仰と宗教とは別物と考えたほうがいいと私は昔から思っています。私自身、日蓮聖人を宗祖として仰いでいますので、宗教として日蓮宗の教義にはある程度従っていますが、子供のころはカトリック系の幼稚園だったこともあり、キリスト教が身近にありました。さらに祖母の影響で御嶽教、日蓮宗身延派。家の宗旨は浄土真宗本願寺派。学生の頃友人に宮司の息子がいて神道の影響も受けました。私の場合はちょっと多宗教に触れすぎた感がありますが、多かれ少なかれ無宗教だと言う人でもいろいろな宗教が身近にあるのではないでしょうか。
多くのお年寄りは家の宗旨に関係なくいろいろな神社仏閣に参拝していますね。周囲の人は信仰心に篤い人と言うでしょう。
特定の宗教に入ることと信仰とは元来別のものと思ったほうがよいのです。
霊的に見ると分けの分からない金儲けにはまっている物欲新興宗教に入るより、信仰心を持って神社仏閣にお参りするほうがよっぽど理にかなっています。
かくいう私。方便として仏教を使っていながら信仰心は篤いとは言えない。全くの生臭坊主で仏罰が下るのもそう遠くはないかもしれません。でも金満主義の変な坊主よりはまだましだと勝手に思っています。

2006/6/13
最近の世界各地で起こる地震。これは神様の怒りではないかと言う人がいます。何でも霊とか神と結びつけようとしますが、これは全くの別物です。日本の信仰からすれば自然も神の一部とされていますから、そういう考えもあります。しかし、神はそんな無差別の殺人などしません。まして霊にそんな力などありません。天変地異で亡くなってしまうのは理不尽かもしれませんが、それはその人の宿命ですから仕方のないことなのです。自分だけは助かろうとかいろいろやっても自然の力には絶対勝つことは出来ません。現世に生きている限り覚悟していなければなりません。そんなことを心配するなら自分が生きている今を充実させることのほうが大切です。悔いのない生き方をすることがいつでも悔いのない死を迎えることが出来るではないでしょうか。

2006/5/31
自称霊能者が恐喝。なんて記事が新聞に出ていました。勘違いされる方が多いのですが、霊能者だから他人に罰を与える力があるなんてとんでもないことです。たとえ霊と交信が出来ても、そこから派生して自分の力で金儲けのために何か不思議な力を出せるなんて
有り得ないことです。こんな輩がいるからスピリッチュアルな事を何かの金儲け宗教と間違った感覚で受け取られてしまう。霊はけっして個人の現世利益のためになど力を貸してくれません。ましてそんな邪念の心の人の言うことなど耳を貸すことそらありません。


2006/5/22
げに恐ろしや。新興宗教。
私の友人で知的障害の甥っ子をもっている人がいます。妹さんのお子さんで、もう年齢は26歳になっておられます。母子家庭で、妹さんがお体が弱いということもあって友人が甥っ子さんの後見人になっていました。つい先日妹さんが亡くなられたのですが、日蓮正宗系の某新興宗教を信心していたとのことで、喪主である甥っ子さんが了解しているからと葬儀をその信者たちで勝手に仕切り始めたそうです。慌てた友人は私のところへ助けを求めてきました。知的障害者の後見人であれば喪主に代わって葬儀が行えるはずなので、強行に拒否するように言いました。もし、それでも聞かないようなら警察を呼ぶようにと。とりあえず警察を呼ぶ前に収まったようで、分家で決まった寺がないと言うことでしたので、私の知り合いの日蓮宗の寺を紹介しました。
葬儀の当日、友人がもしまた連中が来たら困るので私にも導師の脇法師として入ってほしいとの依頼でしたので、その場で目を光らせていました。どうでしょう。仮にも妹さんの仲間でありながら一人も来ないとは。
後日、友人に聞くと「やつらは葬儀を仕切って、香典その他を全て持っていくつもりだったらしい。それが出来ないと分かったから来なかったとお壇にお参りに来た元信者が言っていた」とのこと。全く呆れたものです。
金銭だけが繋がりの新興宗教などとんでもない罰当りです。

2006/5/15
連休最後の日。7日に家内の車が高速道路で故障。あわや大惨事になるところでした。エンジンルールから爆発音とともに白い煙がでて走行不能に。しかし、修理工場で見てもらうとエンジンオイルも冷却水も正常。一番頑丈に出来ているエンジンブロックに穴が・・
なぜ穴が開いたかは結局不明のまま。修理をしようか迷いましたが、縁起が悪いと家内が言うので廃車にして、別の車にすることにしました。貧乏な私が急な出費で困っていると何故か思わぬところから購入費用が降って湧いたように。
遠くへ行くなという警告だったのかなあと今は思っています。

2006/4/19
読まれている方から「どの宗教も我こそが真理であると言っています。キリスト教にはキリスト教の真理があり、仏教には仏教の真理があります。それぞれいろんな宗教がいろんな事を言っています。一体どれが本当のことを言っているのでしょうか。教えてください。」というメールをいただきました。
真理はこれだと確信を持ってまだ私も言えません。霊にしても断片的でそれを包括した全体が見えていないからです。輪廻転生があることは体験的には分かっていてもその意味するところが分かりません。


2006/4/16
かみさんは以前にもお話したように機械の類がよく不調や故障します。携帯電話がとにかく殆どかかってきたものは途中で切れたり、PCにインストールしたソフトが消えてしまったりとかなり強い何かが出ているんだろうなと。けれどもそれを解明するには至っていません。
プリンタもちょくちょく誤動作をして、いくらやっても印刷せずに紙が出てきてしまう現象が起こりました。私がやっても同じ状態で、時間をおかないと動いてくれませんでした。相性とかの問題ではなく明らかに印刷させまいといった感じなんです。それが最近私がやると正常に動いてくれるようになりました。何度やっても私の時にはちゃんと動くのにかみさんがやるとだめで・・・。そこで私がプリンタに手を触れながらかみさんに印刷をさせるとこれが正常に動く。こういう能力はかみさんのほうが強いのですが、とうとうそれに私の力が勝るようになったのかなっと。


2006/4/9
私の住んでいるところはいわゆる雪国で、春のお彼岸はまだ雪に覆われて墓参りが出来ません。桜も咲こうかというこの時期にやっと墓参り。妻子を連れて今日行って来ました。みんなでお参りをした後、私一人墓掃除の道具を片付けて帰ろうとした時、墓の天辺にボヤッと白くて半円形のオーヴのようなものが浮かび上がってきました。ちょうど日が当たっていたので湯気かと思ったのですが、他の墓を見てもそのような湯気はありませんでした。小さいオーヴはたまに見ますが、直径20cmの半円形を見たのは初めてでした。墓には父しか入っていませんので、父が現れたのでしょう。その様子を遠くから見ていたかみさんが、「知らない人が見たら墓泥棒と間違えられるから早く」と
手招き。私も苦笑。

2006/4/6
霊が宗教と関係ないのなら、お経を読んでも意味がないのではないかというご質問をいただきました。
霊もやっぱり人なんです。肉体を持たないだけで私たちとは変わりがありません。肉体のあるときに信仰していたものはやっぱり霊になっても信じているものなんです。実際は私も魂になって体験したわけではありませんが、私に寄ってこられる霊の多くが読経をしてほしいと
言われます。私の場合、法華経とたまに般若心経を読みますが、お経に書かれている意味をしっかり理解され浄化されていくようです。
仏教と言っても大乗、小乗仏教(上座部)に分かれているし、日本のような葬式仏教に成り下がってしまったものは全然有難くないと言われる方もいらっしゃいます。確かに一理ある部分もあります。妻帯し、酒を飲み金を取るだけと言われても仕方がない面もあります。しかし、だからと言って経典まで否定することは間違っています。
私が思うに、仏教にしろ、神道、キリスト教、イスラム教・・・・祖と言われる人は何らかの霊能力があって霊界と対話が出来て真理が分かったのではないか。新興宗教は論外です。特に仏教の真理とされているものは霊界の真理に近いものではないのかと。人として生きることは魂を磨くことであり、涅槃に入った時にそれが明らかになる。子供のころから何かしら見えていた私は、肉体が滅んでも魂として現世や現幽界にいることを朧げにも感じています。ですから私は死に対する恐怖というものがありません。ただ未熟であるために物質欲がまだ
あって、生臭坊主のままで現世は終わるものと思っています。人として最後まで煩悩に悩まされながらも勤行し続け、成仏していない人々に仏陀の教えを聞いてもらい浄化していただけるように精進したいと思っています。もし今死んだとしても来世を楽しみにしている私にとっては現世に悔いなどはありません。

2006/4/3
今日、先祖の祟りがあると霊媒師に言われたが本当か?というお問い合わせがありました。家族が病気になったり交通事故が重なったのは先祖の祟りだから20万円で除霊すると言ってきたとのこと。多額の金品を要求する場合、まず偽者霊媒師と思って間違いないと言ってあげました。先祖が祟って家族が不幸になるなんて馬鹿げたことです。第一先祖を除霊するなんて聞いたこともない。血肉を分けた子孫に祟る霊などいません。たとえ姿を現したとか音とかしたとしてもそれは供養してほしいとか墓参りに来なさいと言う程度のこと。
最近はスピリッチュアルが流行り、偽霊能者や偽霊媒師に騙される人が増えていると耳にします。悪いことが重なるとすぐに霊のせいにするのは良くないことです。病気と交通事故に何か関係がありますか。まずは冷静に考えてみましょう。本当に分かる人はそんな法外な金品など要求しません。くれぐれもご注意を!!

2006/3/28
身延の参拝後、一人の僧について学ぶ学生(がくしょう=仏法を学ぶ僧)の夢を見るようになりました。どうもその学生は私のようです。いままで見たことのない小さな庵というような寺の内部まではっきりと分かり、それはかなり昔のようです。私を教える僧も同じ服装でありながらかなり修行をされた僧のようで、おだやかに私に経典の意味を伝授されています。私は経典の真髄に触れたような嬉しい気持ちでいっぱいになっています。そこでいつも夢は終わります。
実は法華経行者としての自分とスピリッチュアルな面の自分のなかでどのように融合させていくかで、かなりの葛藤が以前よりありました。行者として法華経を信奉していながら、霊という存在とのギャップ。霊断法は確かに効力があることは自身で行ってみてある程度確証がもてました。しかし、ここで疑問が涌いて来てしまいました。日蓮教団があれほど四分五裂し、誰一人として上行菩薩とまで言われた日蓮聖人を降霊してその真実を知ろうとする修法師がいないこと。また、これだけ新興宗教を出してしまった責任は少なからず宗祖にあります。私の前にはお姿は一度も現してはいただけず、その真意が分からない限り、どうしても各門流の教えが虚空なものとしか映らないのです。その疑問から私は身延に登り、宗祖の墓前で問いかけました。その応えが以前お話したあの発光体です。私は現在の各門流から離れ独自に修行することを許されたと解釈。独学にて修行する道を選ぶ決意を述べて下山しました。それから前述の夢。もしかしたら・・・


2006/3/24
これを読んでいただいている方から、「毎日お経を読んでいるのに少しも気持ちが晴れるわけでもなく、何も良いことも起きません。私の読み方が悪いのでしょうか。」とメールをいただきました。もう一度私が書いた部分を読んでいただければわかることなのですが。
お経を何のために読むのか。他人のために読むのではありません。自分自身の心を落ち着けるために読むものです。読んでいたら何か良いことが起きる。そんな物質的な現世利益を期待していたら、それは大きな間違いです。人の心は弱いもので、何かを拝んだら良いことがあったとか思いたいのが心情です。だからあのような忌まわしい新興宗教が流行るのでしょう。
神仏から何を授かるかではなく、日々平穏に暮らしていけることへの感謝の気持ちをもって、神仏にお礼をするくらいのことでなければいけないと思います。
精神を集中し、何も考えず無になって読経する。そのことが一番大切です。何かを考えながら読んでも何の意味もありません。ただ声を出しているだけでしかありません。
話は飛びますが、ある会社の経営者が私に「いつも夜になると何かの気配を感じる。ときには金縛りにもあう。良い方法はないものか」とご相談をうけたことがあります。その後金縛りにあった時、私のHPに書いてあるように一心に法華経の観音経を唱えそうです。するとそれ以来何も感じなくなったし金縛りにも会わなくなったなったそうです。これは何を意味しているかと言いますと、恐怖のあまり余計なことを思わずに一心に読経した結果、想いが霊に伝わったということです。霊も元は人間です。誠意をもってすれば必ず応えてくれます。いい加減なことをしていてはそれなりのことしか望めません。

2006/3/20
年に何回か、人を見たとたんにその人が悩んでいることや病気が見えてしまうことがあります。まず滅多にないことです。それが昨日ありました。ある結婚式の会場の娘さんが「私31になるけれど厄年に行ったほうがいいかしら」と私に尋ねてきました。すると一瞬、彼女の心の中が見えてしまいました。厄年というよりも結婚についての悩みでした。社長である父親から縁談の話をされて困っている彼女が浮かび上がりました。いきなり「本当はその縁談嫌なんでしょ?」というと血相を変えて「何で分かるんですか。」「嫌だと顔に書いてあるからね。」と。理想までとは言わないが、親の決めた相手と結婚するのが嫌らしいことが分かりました。厄年のことからそれとなく私に聞こうとしていたらしいのです。「う〜ん。とりあえず厄年なんだから、北向観音へ行って厄払いをしてもらってみて、それからじっくり考えてごらんなさい」と言って話は終わりました。
私に悩みが分かったくらいですから、本人にとっては大変な悩みだったと思います。結婚したいけれど相手はいない。でも気に入った人と結婚したい。こればっかりは仏様のお力を借りるにしてももっと本人も努力しないと。

2006/3/16
富士編
暗いなか、やっと伊東で宿を探すことができました。早々に食事を済ませ就寝。朝6起床。雲ひとつない快晴。十国峠を越え、芦ノ湖そして富士五湖へ。山中湖、河口湖を過ぎどんどん進んでいくといきなり全身鳥肌状態に。いろんな想念が入り込んできて一体これは何事か。路肩に車を止めて少し休もうと・・・・。道路標識が目の前に。「青木ヶ原樹海」。何度となく身延や芦ノ湖箱根には足を運んでいますが、今回初めて富士五湖を巡ってと思いきやあの有名な樹海。皆さん、あそこへはあまり近寄らないほうがやはりいいと思います。未成仏霊の何と多いことか。半端な数ではありません。前日、身延でお札をもらったお陰で車の中へは入り込むことが出来ないようで、寸止め状態で次から次と寄っては居なくなる・・・・。ほとんどと言うより全部自殺者。絶望感を抱いたまま命を絶った人々。多分、どんな霊能力者がどれだけ集まっても浄霊するなんて無理ではないかと思うほどです。それぞれの事情で絶ちがたい命を絶っている悲しみがヒシヒシと伝わってきました。
絶対自分から命を絶つ暴挙はしてはいけません。死んでもその気持ちは持ち続けて苦しまなければなりません。 合掌。


2006/3/8
身延編
以前より身延へ行く前後にはいつも不思議なことが起こっていました。天気予報は100%の降水確率でありながら快晴だったり、私の車が通過した後に大事故があったりしました。
今回は寺で起こりました。祖師堂の前でご報告とお詫びを兼ねて一身に礼拝していると閉じている目の中に中心が緑色、周囲が白いオーヴ状の発光体が現れました。びっくりして目を開けてみると瞬時に私の前10mほどに発光体は浮かんでいました。ちょうど祖師の墓の横でした。見ているとそれはだんだん消えていきましたが、消える間際に数字の「四」に変化していきました。何を暗示しているのかはわかりません。
しかし、きっと今後その答えが出てくるものと思います。
結界用のお札等を購入後、下山宿を探すこととしました。しかし、どこも予約でいっぱい。仕方なく伊豆方面へ向かい、探すこととしました。

2006/3/6
やっと雪国も春めいてきました。ちょっと思うところがあってお許しを請いに身延山久遠寺に行き、その後伊豆から富士山巡り帰って来ました。一泊二日の旅でしたが、あまりにも霊現象が多くいろいろな事が起こりました。これから毎日、身延編、富士山編とお話をさせていただきたいと思います。


2006/2/24
ある方が先日、宮沢賢治の「雨ニモマケズ」の手帳の複製を購入したとのことで、私のところて持ってこられました。その方はあまり賢治のことをご存知ないようで、「とても感銘を受けた。宗教家でもないのになんでこんなすばらしい事が書ける。どこかの新興宗教の親玉に読ませてやりたい。」と。
私はその複製品を手にとって最後のところを見ると肝心の部分が欠落していました。何か。それはこのページの上にもある法華曼荼羅。
「・・・コウイウモノニナリタイ」と締めた後、次ページに南無妙法蓮華経、南無無辺行菩薩・・・・・・・と法華曼荼羅が記されていなければ完全な複製品とは言えないのです。
賢治は法華経をよく勉強し、そして理解して経典に記されていることを実践したいと思い、「雨ニモマケズ」の言葉が出てきたのです。法華思想があって初めてこの文章が成立するのです。確かに文だけ読んでもとてもすばらしいことが書いてあります。それが一人歩きしてしまい、いろいろなところで使用や引用されていますが、賢治の心の根本を理解しないとこの文章がいかにすばらしいものかは真に理解は出来ないと思います。ある浄土真宗の寺院のHPにも掲載され、歪曲された解説がありました。仏説阿弥陀経ではなく法華経の七比喩から出てきた言葉と理解したほうが合点がいく箇所が多々あるのに・・・
だからと言って賢治は現在の日蓮宗を信奉していたわけではありません。日蓮系新興宗教である国柱会に属し、東京に居たころは一生懸命布教活動を行っていたようです。体を壊し田舎に戻り、病床についた時に志半ばの無念を「雨ニモマケズ」に込めたもの。もし健康で東京で生活していたなら生まれてはこなかった言葉だと思います。



2006/1/27
降り続いた雪で13日から私の住むところでは全市一斉雪下ろしになりました。連日の除雪作業と仕事が重なり、大寒の前後はまた48時間連続で仕事をしました。丁度「寒業」の時期なので修行と思い頑張りました。しかし、その付けが現在風邪としてまわってきました。インフルエンザではないので安心しましたが、ちょっと体調不良。今回の不眠不休では幻聴幻覚ともとれる不思議なことが周りでありました。30時間を過ぎたあたりから聴覚が異常によくなり、どう考えても聞こえるはずのないかなり遠くの音が聞き分けたり、オーヴが部屋いっぱいに浮遊したり
しました。これはもうお迎えが来るのかと思ったくらいでした。

2006/1/5
昨年の12月からの雪で、現在、私の住んでいるところは積雪が112cmになりました。毎日雪かきでダウン寸前です。そんな中、神棚の蝋燭立てや杯、水玉、等を新調しました。神道は仏教と違い、古い物をそのまま取っておくものは少ないんです。鏡くらいですかね、ずっと神棚の中心に置いておくものは。水は毎日変えますし、榊は月に二度、中に入っているお札や注連縄は一年に一度新しいものと取り替えます。こうして気分を一新して御霊に礼を尽くすのが神道です。この反対が仏教。年が改まったといって変えるものは殆どありません。仏花くらいのものです。
毎年お盆と正月には亡父が現れるのですが、やっぱり出ました。私が年始の挨拶に出かけている間に家内と子供たちの前に大きな足音をたてて来たそうです。最近私のところへは全然現れてくれなくて少し寂しい気分です。
今年も皆様良い年でありますように。    合掌。


2005/12/22
一ヶ月以上間が空いてしまいました。仕事が忙し過ぎて、文字通り心を亡くしておりました。ご相談のメールをいただいてもご返事が遅れて
いる方には大変申し訳ありません。この一ヶ月の半分は徹夜での作業で、よく倒れなかったと自分でも感心するほどハードでした。私のところは雪が降りますので、その前に片付けてしまわなければならない仕事が集中して年末までに終わらせることが普通なんです。正月に入るとパッタリ暇になるのですが。
私の部屋の外には雪が80cmほどもう積もりました。仕事と雪かきで体力はもう限界に近づいています。
 さて最近、医師からうつ病と診断されたのだけれど、どうも憑依されていることが原因で体調が悪いとか、自殺したい気持ちは霊がそうさせているのではないか。というご相談のメールが目立ちます。メールだけからでは生臭坊主では判断が難しい。ただ、文字から発する気のようなものを診ると大半は霊的なものを感じないんです。単なる思い込みがその多くを占めています。言い方が失礼ですが、霊オタクぽいというかうつそのもの・・・
本当に憑依され悪さをされている方からのメールの場合、受信した時点で鳥肌が立ったり、霊障を起こしている霊の気を感じてしまうので、急を要するかどうか判断がつきます。ご本人の精神的な悩みの場合はそれが感じ取れない。霊により取殺されると思い込んでしまうと何でもなくても精神的に自分自身で追い込んでしまい自殺という悲しい結果に終わってしまう方が多い。そして、そんな霊が私に言ってくることは決まってこう言います。何であの時自殺してしまったのか・・・。後悔の念が伝わってきます。
人は遅かれ早かれ必ず死ななくてはなりません。どんなに生きたくても必ず死を迎える。自ら命を絶つことだけは決してしてはいけません。


2005/11/18
以前私の家の隣に住んでいた方が夢枕に立たれました。現在は息子さん夫婦とここから100kmほど離れた同じ県内に引っ越されました。ただ現在も電話や手紙のやり取りをさせていただいています。その方が昨年重い病気にかかられ、余命1年ほどと医者に言われたそうで、現在は通院による治療をされています。心配になって電話をしたところご存命でほっとしました。電話の話の中で今朝夢を見たことをお話したところ
その方も生まれ故郷であるこの地に来ていた夢を見たとのこと。
これは一般に言う生霊の類で、念だけがこちらへやって来たものと思われます。たまにかみさんから夜中に幽体離脱して半透明の私が起き出してどこかへ行くのを見ると言いますが、それも同じ現象。夢にしてはあまりにリアルな光景を見たと思った時はどうも幽体離脱しているようです。
話は変わります。今、私に誰か憑依してきているようで、気分が優れません。正体は不明。
ちょうど千葉中山法華経寺では百日行が始まりました。私も行者の端くれとしてこれから寒明けまで寒さと雪に負けず、行を積みたいと思います。

2005/11/13
今日は神の存在を改めて感じた日でした。7歳と5歳になった子供たちの七五三のお参りに近くの日枝神社へ行ってきました。流石に15日に近いとあって、早めにと午前10時前に行ったのですがもう参拝の家族でいっぱいでした。
本殿に入り、宮司が祝詞を挙げている時に中央と左右の三ヶ所で中心が青い小さな閃光が走りました。フラッシュとは全く別のものとすぐに区別がつくものでした。神社仏閣への参拝を普通の人よりはしている私ですが、このようなことは初めてでした。その閃光に恐怖は全く感じませんでした。いわゆるお姿を現した状態なのだろうと思います。七五三という節目に神が降臨されたのか、それとも他のことなのかは分かりません。しかし、こんなに神を身近に感じられ少し幸せな気持ちになりました。

2005/11/3
土日はほとんど披露宴の音響の仕事をしています。特にチャペル式のあとの屋外でのフラワーシャワーの時の音出しは、タイミングに一番を気を使います。それと重要なのは天候。雨降りの場合はチャペル内のフロアですることになります。昨年までは約1/3が屋内でしたが、今年はなんとゼロ。あまり現世利益で困った時の神頼みは信じない私ですが、今年の春から雨の確立が高い日は必ず出かける前に晴れるように祈祷を始めました。するとどんなに雨が降っていようと晴れてほしい時だけ止んでくれるんです。今日も出る時は雨。なのに開始30分前には日が差し始め無事に終了。何か見えざるものがはたらいているとしか思えません。

また最近人を見るとその人の色を感じたり性格とか悩み、今思っていることが分かるようになってきました。自分でもなぜそうなったのか不明です。しかし、気になる人に感じたことを話すと当たっている。知人の霊能力者に話したら色は多分オーラを読み取っているのではないかと言っていました。そのオーラからいろいろな事を感じしまっているとも。ヒーリング?確かにこれが本物であれば、行者として求道する私にとっては人助けにもなり嬉しいことですが・・・

2005/10/24
昨日、某小学校の文化祭で音響をボランティアで依頼されました。準備の段階まで快調だったのに、本番直前になってスピーカーからはサーというノイズだけしか聞こえてこなくなってしまいました。周囲を見渡すと見慣れない子供がミキサーに手を置いていました。
と言っても霊でした。別に悪気がなく、楽しそうだったからと寄ってきたようでした。どこの子と聞くと「○○寺の・・・」と小学校のすぐ近くの集落の名前を言うばかり。邪魔しないでね。と言ってステージから離れた瞬間に可愛そうでしたが、急いで結界を張りました。すると元通りに音が出るようになりました。後で参加者に小学校に通っていたかして途中で亡くなった子供はいないかと聞いたところ、30数年前にこの場所で鉄棒が倒れてきて亡くなった中学生がいたそうです。でも出てきた子供はもっと小さかったと思うんですが。
いずれにしても可愛そうなので、浄化させてあげなくてはいけません。

2005/10/19
今日ある方から、「今の僧侶は妻帯はしているし、酒は飲む、肉魚何でも食べる。これで出家と言えるのか。そのへんをどう思うのか。」と聞かれました。このような事は以前からもよくいろいろなところで言われていることです。蔑視して生臭坊主なんて言葉もありますね。確かに厳密に言えば現在の殆どの僧侶は僧侶ではありません。破戒坊主ですね。浄土真宗の祖、親鸞は妻帯して且つ、流罪になった越後で現地妻を持ち子供を作った。中興の祖と言われている蓮如にしても出生は妾の子ですからね。しかし、浄土真宗は民衆に支持されて今日まで残っています。何故なんでしょう。未だに多くの仏教国の僧侶は妻帯していませんから、それらの国の人々から見たら日本の仏教は異質に見えるかもしれませんが、仏陀も妻子がいて、30歳の時に何もかも捨てて放浪の旅に出たのですから、親鸞だけを言うのも酷と言うものです。続きはまたいつか。



2005/10/15
10/13日日蓮聖人のご命日にはお会式という法要が営まれています。今年は行者の端くれの私も自分なりの法要をさせていただきました。するとその日から不思議なことが起こり始めています。詳細は控えますが、金銭的なことや天候のことなど。そして、
私の背後には祖母がどこから連れて来たのか僧侶の方がこの二日一緒におられます。少なからず何かを私に伝えてくださるものと思います。